現代人にとって、眠い目をこすりながら活動することは珍しくありません。でも、適切な睡眠を奪われると免疫力が弱まり、腫瘍の成長や糖尿病の進行まで速まることをご存知でしょうか?もちろん、睡眠不足は脳の判断力にもあらゆる面で悪影響を及ぼします。しかも、寝不足がもたらすさまざまな問題のなかで、今ここで挙げたのはほんの一部でしかないのです。
冬を迎え、本格的なインフルエンザ流行の季節がやってきます。今こそ、睡眠の習慣を見直すべきかもしれません。研究によれば、一日の睡眠時間が6時間以下とういう人は、なんと風邪をひく危険性が4倍にもなるというのです。
アメリカの国立睡眠財団が調査したところによると、アメリカ人のおよそ5人に1人は、一日の睡眠時間が6時間以下。これとは別に、やはりアメリカの代表的な世論調査であるギャラップの調べ1によれば、その割合は約40%にもなります。健康に気づかうなら、こうしたショートスリーパー(短眠者)への仲間入りは、絶対にお勧めできません。
■寝不足は風邪のもと
最新の研究によれば2,3,4,5、一日の睡眠時間が6時間より少ない人は、毎日7時間以上寝ている人に比べ、風邪ウイルスに曝された場合の発症リスクが4倍も高いといいます。さらに一日の睡眠時間が5時間を下回ると、この割合は4.5倍にまで高まります。
興味深いのは、ストレスや年齢、喫煙の有無といった他のさまざまな要因よりも、睡眠時間の長さが発症率と高い関連性をもっていることです。つまり、風邪ウイルスから身を守る上でもっとも大切なのは十分な睡眠だったのです。
研究者を代表し、論文の筆者はつぎのように書いています。「これらすべてを考慮に入れても、統計学的に見れば睡眠の勝利は明らかだ。風邪ウイルスに曝された人が発症するか、発症しないか。それを占う上でもっとも強力なファクターは睡眠である」
こうした研究について、アメリカ睡眠医学アカデミーのナサニエル・F・ワトソン博士も高く評価しています6。
「健康に生きるため、眠りが毎日の食生活や運動と同じくらいに重要なものという見方が正しい、と改めて証明してくれた。睡眠は決してアクティビティを中断させる「邪魔もの」ではない。むしろ、より健康的な生活を送るための「有用な道具」として眠りを考えるべき時期だと思う」
■「インスリン抵抗性」と生活習慣病
体のなかでインスリンが効きにくくなり、血糖値が高くなりすぎてしまう傾向を「インスリン抵抗性」といいます(「インスリン感受性が損なわれる」という表現もできます)。「インスリン抵抗性」は、2型糖尿病を引き起こすだけでなく、他にもさまざまな生活習慣病の危険因子とされています。
体内のインスリンが制御できれば、高血圧や心臓病、ガンといった生活習慣病を防ぐ上でひじょうに強力な武器となるでしょう。インスリンと関連する病気が今、増加している背景には、世の中に蔓延する睡眠不足が深く関係しているのです。
もし、今あなたが体重の減少を心配しているか、あるいは糖尿病と戦っているのなら「睡眠の最適化」を怠ってはなりません。眠い目をこすったまま、これらの問題を解決したり状況を改善したりする見込みはありません。
■寝不足は免疫機能を破壊する
寝不足が風邪のリスクを劇的に高めるということは、何を意味するのでしょうか? 眠りがもたらす免疫機能全般への影響を考えずに、この問いに正しく答えることはできません。
睡眠研究の専門誌に掲載された最新の研究が明らかにしているのは、睡眠不足が免疫系にもたらす影響が、他のさまざまな身体的なストレスとまったく変わらないという事実7。睡眠が不足すると体内の白血球数が増加しますが、これは病気になったり、ストレスを感じたときに見られる一般的な傾向と一致しています。
もう少し簡単に説明しましょう。病気であるか、寝不足であるかにかかわらず、身体的なストレスが加わると、あなたの免疫系はひじょうに活発な状態となり、たくさんの白血球を生み出します。これは、伝染病の病原体といった外部からの「侵入者」に対する防御ライン。白血球数の多さは、一般に病気の状態を示すものなのです。
アメリカ睡眠医学アカデミーと睡眠学会は、最新の研究に基づいて見直した睡眠のガイドラインを公表しました。そのなかで一日の睡眠が7時間以内の人に多く見られる傾向として、下記のようなものがあると警告しています。
太りすぎ
糖尿病
高血圧
心臓病
脳卒中
うつ病
若死
免疫力の低下
痛み
運動能力や判断力の低下
うっかりミス
事故のリスク増
そして、300以上の研究を踏まえ、健康を保つためには毎日およそ8時間、少なくとも7時間の睡眠が必要と結論づけています。これは大人なら何歳でも、たとえ老人になっても同じ。そして、小学生なら9~11時間、中高生なら8~10時間の睡眠が必要となるのです。
■免疫系にはメラトニンが不可欠
歴史をふり返ってみると、先進国に暮らす私たちはこの一世紀ほど、「昼間はより長く、夜はなるべく短く」という目標に向かって突き進んできたようなものです。それは、24時間をより有効に活用しようとする努力であり、これまでにない生産的な社会を築こうとする試みでもありました。
しかし、現代の技術革新がもたらした「公害」ならぬ「光害」に、生き物としての私たち人間は、重い代償を支払わなければならないようです。私たちの体には、さまざまな形で生物時計(体内時計とも)が埋め込まれていますが、昔からそれらを制御しているのは、地球の自転がもたらす光と闇の循環なのです。
簡単に言えば、あなたの体は日が沈むとともに休み、日が昇るとともに働くように出来ているということ。この生き物としての「絶対の規範」を無視すれば、文字通り取り返しのつかない結果を招くことになるのです。
脳のなかで自律機能を調節する視床下部の一部をなす視交叉上核(SCN)は、こうした体内の時計を統御するいわば「親時計」です。SCNは外部からもたらされる光と闇のシグナルにもとづき、松果体という内分泌器に対して、いつメラトニンを分泌すべきかを伝えます。メラトニンは強力な抗酸化作用をもち、フリーラジカル(遊離基)を消去することのできるホルモン。炎症を抑える上でも、大いに力を発揮します。
電灯のような人工照明があると、体内時計はメラトニンの生産を中断させてしまいます。そして、それが免疫力を弱めることにつながるのです。メラトニンは、免疫機能にとって不可欠なものです。不足すると、免疫系において重要な意味をもつ胸腺が萎縮するという結果を引き起こします。
メラトニンは脳の健康を保つ役割も果たし、強い抗がん性をもつといわれています。がん細胞を含む、体のなかのあらゆる細胞がメラトニン受容体をもち、メラトニンが夜の見回りをするころになると(メラトニンの分泌は深夜にそのピークを迎えます)、細胞分裂のスピードは緩やかになっていくのです。
メラトニンは乳がん細胞に対し、細胞の成長を促進するエストロゲンを打ち消す効果をもつといわれています。また、がん細胞のアポトーシス(積極的な細胞死のこと)を誘発し、腫瘍の急成長(血管形成)に必要な新しい血液の供給も阻止するのです。
夜間シフトで働く労働者が太りやすく、糖尿病やがんにかかりやすい傾向をもつという話は、聞いたことがあると思います。ですから、寝不足の人は冬に風邪をひきやすい、というだけで話は終わらないのです。睡眠不足が健康な体にとって、より深刻な影響を与えることが、おわかりいただけたかと思います。
■出典・参照文献
- 1 Gallup Poll 2013
- 2 Sleep September 2015: 38(9); 1353-1359
- 3 WebMD August 31, 2015
- 4 Time August 31, 2015
- 5 Guardian August 31, 2015
- 6 New York Times September 2, 2015
- 7 Sleep 2012;35(7):933-940
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